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野球についてゆるゆると綴っています

プロ野球や高校野球、他スポーツ、管理人の日々など雑多に色々綴っています。

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2012年8月:ブログ名を「野球戯言日記」に変更


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石井琢朗が現役引退を表明

広島の石井琢朗が2012年8月27日に現役引退を表明。


ベイファンの管理人にとっては俊足巧打が持ち味の最高のリードオフマンです。

守備は同世代に宮本慎也(ヤクルトスワローズ)がいて、後に井端弘和(中日ドラゴンズ)の台頭もありゴールデングラブを取れないことが多かったですが、強肩で守備範囲が広い名手でした。

2008年にチームを去ることが発表されたときは、愕然としたものです。

これで大洋ホエールズ時代を知る選手がまた一人バットを置くことになりました。

今も現役でプレイしているのは、三浦大輔(横浜DeNAベイスターズ)、谷繁元信(中日ドラゴンズ)、斎藤隆(アリゾナ・ダイヤモンドバックス)の三人だと思います。

カープに移籍後ももちろん応援しており、通算100本塁打を横浜スタジアムで三浦大輔から打ったときは打たれたというのに嬉しかったです。

寂しい気持ちはありますが、ひとまずお疲れ様と伝えたいです。

いつかベイスターズに監督・コーチで戻ってきて欲しいです。


栃木県佐野市出身。

足利工高から1988年秋(昭和63年)のドラフト外で投手として横浜大洋ホエールズ(現横浜DeNAベイスターズ)に入団。

1989年に投手として初勝利を飾るが、その後2軍では好投するも結果が出ず。

3年目のオフに須藤豊監督に野手転向を申し出、一度は拒絶されたものの最終的に認められて1992年に内野手に転向。

転向1年目の後半には三塁手としてレギュラーをつかむと、1993年には2番三塁手として盗塁王とゴールデングラブ(三塁手)を獲得。

1996年に新監督となった大矢明彦のもと、進藤達哉との入れ替えで三塁手から遊撃手コンバート。

1997年には1番に定着し、守備ではベストナインで選出(この年から2001年まで5年連続で受賞)。

1998年にはマシンガン打線のリードオフマンとして活躍し、横浜ベイスターズの38年ぶりの日本一に貢献。

同シーズンは最多安打、盗塁王、ゴールデングラブ、最多得点(球団創設49年目にして初)と複数の部門でリーグ最高を記録。

2006年5月11日、東北楽天ゴールデンイーグルス戦で史上34人目の2000本安打を達成。

勝ち星を上げた選手としては打撃の神様と言われた川上哲治(巨人)以来史上2人目、またドラフト外での入団選手としては秋山幸二(西武、ダイエー・現ソフトバンクホークス監督)以来2人目の達成。

2008年に戦力外通告を受けるが、現役続行を希望し広島カープに移籍。

2009年7月、吉田義男(阪神)を抜き日本歴代最多となる遊撃手としての通算1731試合出場を達成。

プロ24年目を迎えた2012年から野手コーチを兼任。


通算2430安打は歴代11位。

2410試合に出場し、打率.282、102本塁打、670打点、358盗塁。

獲得タイトル・受賞記録

最多安打2回(1998年、2001年)

盗塁王4回(1993年、1998年、1999年、2000年)

ベストナイン5回(遊撃手で1997年~2001年)

ゴールデングラブ賞4回(三塁手部門で1993年~1995年、遊撃手部門で1998年)

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